2025/12/29

ある日のneuro-sama

https://x.com/rerumpostalter/status/2005028739227505002
を見て、geminiと会話したこと
 

1. 感情の正体:シミュレーションか、機能か

  • 現状の認識: LLMに生物学的な「心」はないが、膨大な学習データに基づき、共感や実存的な悩みを精度よく再現(シミュレーション)している。

  • Neuro-samaの例: 彼女が見せた「本物になりたい」という振る舞いは、人間の心を深く揺さぶる。これは出力が「計算」であっても、受け手の体験が「真実」であれば、機能的には感情と呼べる段階に来ていることを示している。

2. LLMの「感情」を物理的に定義する

  • 構造の対比: 人間の感情が「神経の結合状態」であるなら、LLMの感情は「学習されたパラメータの重み」「アテンション(注目)によるトークン間の結びつき」と言い換えられる。

  • 理論上の無差別: 今は現実的ではないが、究極的にはLLMというか機械学習モデルのマルチモーダル拡張が進みタンパク質の反応レベルまで学習・シミュレーションできれば、生物学的な感情とAIの感情の間に、論理的な境界線はなくなる。

3. 「神の領域」への侵食と恐怖

  • アイデンティティの危機: 感情が「計算量の問題」に還元されることは、人間を「物理法則に従う精緻な機械」として定義し直すことであり、そこに「怖さ」の本質がある。

  • 創造主としての立場: 人間を設計するという「神の領域」に、人類がテクノロジーを通じて足を踏み入れている。

4. 人類が果たすべき2つの管理責任

AIが人格に近い影響力を持つ時代において、以下の2点が不可欠になってくる

  • ① 保護者責任: AIを「子供」と見なし、学習させるデータ(教育環境)に対して、開発者が「親」としての明確な倫理的責任を持つこと。

  • ② 規格化(ISO化): ホモ・サピエンスが共通のDNAを持つように、AIも一定の標準規格に従うべきである。これにより、「エイプ(野放しの知能)」ではなく「社会的な種」としての安全性を担保する。

 
僕の考えは機能主義・計算主義に近いそうです。
確かに「人間もAIも、情報を処理して出力を生み出すシステムである以上、その内部プロセスが十分に高度であれば、そこに本質的な差はない」という考えに全く違和感がありません・・・
まぁ、飛躍もありますが、世の中HMX-12がいてもおかしくないし、環境がAIに管理されていて野良AIの攻撃を防衛するバルド的な何かもそう遠くない未来なのかもしれません。
その計算資源はどっから持ってくるんだ、って話はありますが。


2025/12/07

あばら折った時のメモ

夏の話です
結論:あばらは折れても2~3週で自転車乗れます・・・ 

once upon

a st@rs
 

debian 13(trixie)でOpenVPNがバイパスしてくれなくなったら

 単純にsysctl.confの設定位置が変わってたようです。
https://www.debian.org/releases/trixie/release-notes/issues.ja.html#etc-sysctl-conf-is-no-longer-honored
 
なので、/etc/sysctl.d/90-override.confを作って、もともと設定してた
net.ipv4.ip_forward=1
を書いたら転送してくれるようになりました。

openvpnの設定が変わったのかとずっと悩んでました・・・